■治療不要のケースから、がんが隠れていることも ~舌炎~

舌に炎症が起こった状態を舌炎と呼ぶが、いわゆる口内炎を筆頭に、その要因は実に多彩だ。
自然治癒するケースから、中には前がん病変が隠れている可能性もある。従って症状によっては鑑別診断も重要となる。山崎裕および坂田健一郎は多くの経験症例があり、紹介させていただきます。

■扁平苔癬でも舌に炎症が

舌に炎症が起こるのは、単純な原因としては熱い物を飲み食いしてやけどしてしまったり、舌を噛んでしまうことで炎症を起こすことが挙げられる。歯そのものや入歯、詰物、矯正器具などによる機械的刺激で炎症が起こる場合は、褥瘡性潰瘍と呼ばれる。「褥瘡」はいわゆる「床ずれ」のことを指す用語だが、一定の場所が長時間圧迫されて起こる状態で、口の中の問題にも当てはめて使われている。

褥瘡性潰瘍は慢性的な機械的刺激によって粘膜の上皮に循環障害が生じ壊死するために、周囲が軽度の盛り上がった潰瘍やびらんがみられ、原因となる刺激物を取り除くことが治療の基本となる。ただし、潰瘍がなかなか治らなかったり、だんだん大きくなるような場合には他の要因も考えられるため、鑑別診断する必要がある。

皮膚に多くみられる扁平苔癬でも舌の炎症を起こすことがある。扁平苔癬は粘膜が角化し、炎症を起こす慢性の粘膜疾患で、免疫の異常と考えられているが原因ははっきりわかっていない。しかし、薬物、歯科用金属によるアレルギー、C型肝炎などが関わっている場合もあるので注意が必要だ。

扁平苔癬が口の中にできる場合は頬粘膜にできることが多く、舌や口唇にもみられる。レース状の白斑ができ、周囲の粘膜に赤みを伴うことが多いという。びらんや潰瘍ができて、痛みや食べ物が浸みることもある。治療は、症状に応じて含嗽薬やステロイドの軟膏や噴霧薬などを処方する。

「注意したいのは、前がん病変とされる紅板症や白板症が隠れている場合。見た目が似ているため、扁平苔癬との鑑別が必要です。周囲の粘膜とはっきり区別できるビロード状の紅色がみられたり、粘膜上皮が分厚くなり濃い白色に見えるような場合には注意が必要ですので、早めに受診することです」。

■口腔カンジダ症とヘルぺスウイルス性口内炎

このほかに舌炎がみられる病気として、口腔カンジタ症やヘルペスウイルス性口内炎、アフタ性口内炎が挙げられる。
口腔内に常在するカンジタという真菌(カビ)が原因となる場合は、口腔カンジタ症と呼ばれる。口腔粘膜のどこにでも診られるが特に舌に現れることが多い。
口腔カンジタ症は以前は体力や抵抗力が弱った場合、抗がん剤や免疫抑制剤、ステロイド治療、長期の抗生物質などを服用している場合に多いとされていたが、現在は健常者においても義歯の清掃不良や唾液分泌の低下といった局所の問題だけで容易に起こることがわかっている。

症状は大きく、灰白色や乳白色の点状、苔状の白苔が粘膜表面にみられるタイプと、白苔はみられず、舌の表面がつるんとしたタイプに分けられる。
また、両タイプが混在したり、義歯の下の粘膜が赤くなったり、口角が切れてしまうタイプもあるという。

舌の表面がつるんとしたタイプは平滑舌と呼ばれ、舌乳頭が萎縮した状態になるために、このように見える。平滑舌になると、飲食時に舌がひりひりと痛んだり、味覚異常が発生する可能性がある。また、平滑舌は鉄欠乏性貧血やビタミンB12の不足、高度の口腔乾燥症などでも発症することがあるので注意したい。

口腔カンジタ症は抗真菌薬を使うことで、比較的容易に治療できる。鉄分やビタミン不足の場合は、鉄材やビタミンB12の注射薬の処方など、原因に応じた対策を立てることになる。
「ただし、カンジダの種類によっては、なかなか治りにくいケースもあります。再発を繰り返す中には、口の中が乾燥している、体の抵抗力が落ちているなどといった要因もあり、それぞれに応じた治療法を検討します。

入歯の深部に菌が入り込み、再発するケースもあります。深部に入り込むと、入歯用の洗浄剤を使っても除菌することができず、治療しても入歯が原因で再発を繰り返すことになり、これは義歯性口腔カンジタ症と呼ばれます。入歯は、歯のついている方はつるつるに研磨されているので、流水で綺麗に洗浄できますが、裏側は研磨すると、上顎との適合が悪くなるため、凸凹の状態になっています。また、長年使用していると小さな傷が表面にでき、そこから菌が侵入しやすくなるのです。入歯そのものの作り直しが必要になることもありますが、入歯の清掃を徹底し、日々の口の中の清潔に努めなければ、再び義歯性口腔カンジタ症を発症する可能性があります」。

山崎教授の教室では、入歯を初めて入れた段階から、どの程度の期間でカンジダがつくかという研究も行っているという。それによると、口腔清掃が行き届いている人は2~3年経っても入歯に菌はつかず、入歯をつけたままで寝ていたり、入れ歯の清掃や口腔清掃が疎かなケースでは1か月の時点で、入歯に多くのカンジダが付着するという結果が出ている。入歯の土壌となる口腔内の清掃が重要なのは言うまでもないだろう。

ヘルペス性歯肉口内炎は、ヘルペスウイルス(単純ヘルペスウイルスⅠ型)が口腔内に感染することで発症し、発熱や倦怠感などの全身症状が見られた後で、舌や唇などに水膨れが多発し、それが破れてびらんや小潰瘍ができる。ウイルスを持っている人との接触や、使ったタオルや食器が感染源となったり、ウイルスを持つ母親が子どもに口移しで食べさせることなどが感染のきっかけになる。

「ヘルペス性歯肉口内炎では乳幼児のときに発症すれば抗体ができるので、その後、発症することはありません。逆に、子どものときに抗体ができなければ、大人になってから発症することが少なくありません。この場合、症状は一般に重症化しやすくなります。また、もう一つの単純ヘルペスウイルス感染症に口唇ヘルペスがあります。これは口唇周囲に小水疱が数個~数十個生じるもので、初感染後もウイルスは神経節に潜伏していますので、体の抵抗力が落ちると神経節からウイルスが出てきて増殖を始め再発を繰り返します。口唇ヘルペスの場合は、特徴的な症状のため診断は容易ですが、ヘルペス性歯肉口内炎の場合は、診断が困難な場合があり、血液検査でウイルスの抗体価が測定されますが、一定期間おいて2回の検査が必要になります」。

口唇ヘルペスやヘルペス性歯肉口内炎の治療は、抗ウイルス薬の軟膏を処方しますが、ヘルペス性歯肉口内炎で症状が強い場合は、始めから抗ウイルス薬を経口や経静脈的に投与します。

■注意したいのは慢性再発性アフタ

アフタとは口腔粘膜にできる円形の小潰瘍のことをいい、この場合はアフタ性口内炎と呼ばれる。潰瘍は浅く平らで灰白色、周囲が赤みを帯びていることが多く、1つだけできる場合もあれば、数個に及ぶ場合もある。原因ははっきりとはわかっておらず、ウイルスや細菌、薬剤によるアレルギー、ビタミン不足、胃腸障害、過労、精神的ストレスなどさまざま考えられるという。できる部位によっては食事の際に不快感を感じることもあるが、通常は1週間から10日程で自然に治癒する。

「やっかいなのは何度も再発するケース。治っても、あちこちに多数再発する慢性再発性アフタに移行してしまうことです。年に一度、体調の悪いときに再発するといったレベルなら、まだいいのですが、治癒後すぐに再発し、年中アフタに悩まされているというケースがあります」。

アフタ性口内炎の治療は、ステロイドの軟膏、貼付薬、噴霧薬、含嗽薬を患者によって使い分ける。貼付薬は舌や口腔内に貼ってもいいように粘着力が高く、表面はコーティングされているので、食事も問題なく摂れる。半日程で自然に溶けてなくなるため、剥がす必要はない。通常は3~4日程度で、アフタを治療することができるという。

多数のアフタが喉にできた場合は軟膏や貼付薬を使うことができないため、噴霧薬を処方する。薬はカプセルに入っており、これを噴霧器にセットした状態で穴を開け、ノズルの先端を患部に向けて噴霧することで治療するという方法。
「これは病変が広範であったり、口内の奥にある際に処方しています。病変部分に付着した粉が唾液を吸ってゲル状になるため、患部に長時間留まることができ、高い効果が期待できます。

口内中にアフタがある場合は、ステロイドの液体である含嗽薬を処方する場合があります。効果は高いですが、ステロイドを口腔内全体に使用するため、長期間使用するとカンジタ症を誘発するなどの副作用を起こす可能性があります」。

このほか、平滑舌のところで指摘したが、鉄欠乏性貧血そのものが、舌炎の要因になるため、とくに女性は注意したい。20~50歳代の女性に多くみられる傾向があり、舌の見た目がつるつるになり、味覚異常や飲み込みにくさ、飲食時に浸みる、舌全体がひりひりするなどといった症状を感じる場合には早めに受診することだ。

舌の痛みという意味では口腔乾燥症が原因でみられるケースも多い。舌に関わる症状としては、舌の痛みや味覚障害が挙げられる。加齢やストレス、向精神薬や降圧剤などの薬物、糖尿病などさまざまな要因が考えられるが、薬物療法や生活改善、人工唾液、リハビリなど症状に応じた治療が行われている。

■見た目は病的だが治療不要の地図状舌

最後に、舌に何らかの症状がみられるものの、病的意義の乏しいケースもあるので、紹介しておこう。その一つが歯圧痕。舌の淵にぎざぎざのような歯痕がついた状態のことをいう。
「歯は人間の体の中で最も固い部分になりますが、筋肉の塊である舌が歯の方に押し出されることで、舌の淵に痕がついてしまうのです。これ自体は異常でもなんでもないことで、病気ではありません。鏡でみると気になる方がいらっしゃるかもしれませんが、痛みを感じる場合を除き、受診の必要はありません。舌は人によってかなり個人差のあるものと理解して頂ければと思います」。

また、地図状舌と呼ばれる状態もある。これは舌の赤い部分と白色の斑の部分が日に日に形状を変えていくという状態。消滅することもあれば、長期にわたって消えないこともある。あたかも地図のような模様に見えることから、そう名付けられている。

「小さなお子さんにもけっこうみられているのですが、原因は不明です。ご本人にすれば、明らかに異常な状態と感じるでしょうが、症状がなければ治療の対象にはなりません。浸みたり、痛みがあるようなら、舌炎などの診断をつけることができますが、病的意義は乏しいため組織を採ることもできず、なかなか研究も進んでいないのが現状です」。

北大歯科診療センターには、舌の痛みを訴える患者さんも多く受診している。この中には舌の痛みを主訴とする舌痛症と診断されるケースも多いという。舌痛症は、歯科心身症ととらえることができ、つまり実際には舌の異常がないにも関わらず、舌の痛みを感じるという状態。最大の特徴は、ふだん痛みを感じているのに、食事の際には痛みを感じないか、軽快していることだという。

「食事をすると、さまざまな刺激が舌に与えられ、痛みは最も激しくなるはずです。それを確認して頂くことで、舌に問題があるのか否かを鑑別することができます。歯科心身症が疑われるようであれば、当院・専門に診てもらえる先生のいる歯科への受診をお勧めします」。

以上、さまざま紹介して頂いたように、舌に関わる症状の要因は極めて多彩。気になる症状は早めに専門医を受診したい。