お口から健康を見直そう! ~舌の病気と唾液の重要性~

1. はじめに
今回は舌の病気と唾液の重要性に関してお話します。一般の方は舌を見慣れていませんので、鏡で改めて注意して見るとそのグロテスクな外観に、生理的な構造物でも異常に感じてしまうことがよくあります。そこで今回はまず、舌の構造や特徴について理解していただき、見かけは異常でも病的意義の乏しい病変や、ドライマウスや味覚障害等の口腔機能と関係する舌の病気について説明していきます。

皮膚は口の粘膜より厚く丈夫ですが、80度の熱いお茶は飲めても80度のお風呂に入れないのは何故でしょうか。それは口内には唾液があることでお茶を希釈し唾液に含まれているムチンというたんぱく質が粘膜を保護してくれているからです。したがって口腔乾燥のある人は熱いものは飲食できなくなります。高齢者は熱いものが苦手なのは加齢現象と諦める前に、口の中が乾いていないか確認してください。後半はこのような唾液の重要な働きに関してお話します。

2.舌の解剖
 舌は舌の後方に逆V字型を呈する分界溝から前方の舌2/3の舌体、後方1/3の舌根からなります。普段、舌を前方に出して鏡で確認できるのは舌体でありその表の面を舌背、裏の面を舌下面、前端を舌尖、横の縁は舌縁と呼ばれます(図1)。

(1)舌の筋肉
舌は咀嚼、嚥下、構音、味覚などの重要な機能を担っていますが、これは舌が形を自由に変形でき、多様で複雑な運動を行えるからです。舌は筋肉の塊で、舌の形を変える内舌筋と舌の位置を変える外舌筋からなります。舌がさまざまな形を作ることができるのは、4種類3方向の異なる内舌筋の筋線維束が舌内部で縦横無尽に走行しているためであり、アカンベーができるのは、一般の骨格筋が両端の骨に付着しているのに対し、外舌筋のオトガイ舌筋は片方しか骨に付着していないため舌を口外の前方に出すことができるのです(図2)。

(2)舌乳頭
舌背は4種類の舌乳頭から構成されています(図1)。舌背全体に白色を帯びた大きさの揃った粒がトウモロコシの実のように密集し、舌の前方には赤い粒がまばらに分布しています。白色の粒は糸状乳頭、赤い粒は茸状乳頭と呼ばれる舌乳頭です。茸状乳頭は赤いのでよく炎症を起こしていると勘違いされますが、これは糸状乳頭と違い乳頭の表層の皮が角化していない薄い皮になっているため深部の毛細血管や結合組織が透けて見えるため赤く見えるのです。

分界溝の直前には、有郭乳頭という大きな腫瘤が逆V字型に7個前後整列し、その外側の舌縁には葉状乳頭というひだ状の舌乳頭がみられます。葉状乳頭が肥大して腫瘤状になっている場合もありますが、これは分界溝の後方に位置する舌扁桃というリンパ組織が異所性に分布したもので生理的な構造物です。この有郭乳頭や葉状乳頭は見慣れないので癌とよく間違えられます。触って軟らかく違和感や痛みを伴わなければ心配ありませんが、ここは舌癌の好発部位ですので、しこりが触れる場合や、痛みや異常感を伴う場合は専門機関への受診が必要です。

3. 舌の病気
(1) 形態の変化はあるが病的意義が乏しい病変
①地図状舌:舌背に境界明瞭な不規則な紅斑と白斑が混在し、日によって形を変えて移動します。一般に自覚症状に乏しく原因は不明です。
②溝状舌:舌背表面に多数の溝が認められる形態異常で原因は不明です。
③歯圧痕:舌は筋肉の塊ですし、歯は人体の中で骨よりも硬いので、舌が絶えず歯列に押されていれば舌縁に歯の凹凸ができます。頬の粘膜の中央にも前後に走行する歯の痕ができる場合があります。いずれも痛みなどの自覚症状を伴わない場合には積極的な治療は不要です。

(2) 口腔機能と関係する舌の病変
①舌苔:舌苔は、舌乳頭の凹凸に粘膜の上皮が剥がれたものや粘液、食べかすや細菌などが付着したものです。通常の食事を摂っている場合は、咀嚼し飲み込む作業を繰り返すため舌も動き続けますので舌苔が問題になることはほとんどありません。しかし、軟食しか摂らない、あるいは経口摂取していない場合は日常の舌の動きが低下しますので舌苔が付着しやすくなります。

他にも、唾液の分泌量低下や口呼吸などによる口腔乾燥、消化器系の疾患、薬の副作用などとも関係してきます。舌苔が厚くなると口臭の原因や、舌の違和感、味覚異常を生じることもあります。舌苔は細菌の温床になり誤嚥性肺炎の原因にもなりますので、舌全体に厚く付着する場合は、スポンジブラシ等を用いた毎日の舌清掃が必要になります。なお注意したいのは、就寝中は唾液がほとんど分泌されず、唾液の自浄作用が働かないため誰でも起床時には白い舌苔が普段より目立ちますが、これは生理現象です。その後歯磨きや、含嗽、食事を摂ることで唾液が分泌されるようになり、白苔が薄くなり元の状態に戻っていきます。

②平滑舌:健康な舌は、薄いピンク色で白い苔が薄くついていますが、舌苔が全くなくつるつるした舌の場合があります。これは平滑舌といって舌乳頭が擦り切れて舌背は平坦になってしまったために苔は付着できなくなり、唾液も貯留できませんから高度の乾燥を呈します。こうなると舌の摂食時痛(特に熱いものや刺激物)や、味覚異常を訴えるようになります。原因として一番多いのは、紅斑性カンジダ症で、他に鉄やビタミンB12不足による舌炎、シェーグレン症候群などの高度で長期に亘る口腔乾燥状態などがあります。

③口腔カンジダ症
 口のなかには真菌(カビ)の一種であるカンジダが常在していますが、通常は無害で粘膜の表面に付着しているだけです。しかし、全身的な影響(抗菌薬やステロイド薬などの長期服用や全身の抵抗力が低下)の他に口腔乾燥、義歯の清掃不良といった局所の影響だけでもカンジダ症になります。

・口腔乾燥:唾液には口内の汚れを洗い流す自浄作用がありますので、舌表面に付着しているカンジダも唾液によって除去されやすくなりますし、唾液に含まれる抗真菌物質による抗菌作用でカンジダの増殖を抑制します。しかし、唾液分泌が減りますとこのような作用が働かなくなりますので、粘膜表面に付着したカンジダは強固に粘膜と付着するようになりそれが持続すると糸くずのような菌糸を上皮のなかに侵入させて、カンジダ症が発症します。カンジダ症になってしまうと、含嗽やブラシでの清掃では対処できず、抗真菌薬の投与が必要になります(図3)。

・義歯の清掃不良:カンジダは義歯の素材であるレジンと相性が良く義歯の内面(粘膜と接触する面)に付着し義歯深部に侵入することが分かっています。
就寝時も義歯を装着したり、毎食後の義歯内面の清掃を怠るとすぐに義歯にカンジダが付着し義歯がカンジダの格納庫になってやがては義歯と接する粘膜にも炎症を起こしてしまいます。
カンジダ症は主に、拭って除去可能な白いカンジダ症である偽膜性カンジダ症と、前述の平滑舌を特徴とした赤いカンジダ症である紅斑性カンジダ症からなります。現在、外来を受診する患者のなかでは、紅斑性カンジダ症が多くなっています。症状は舌の痛みが一番多く、次いで味覚異常で、食事をしていないのに口のなかの苦味や渋味を訴える場合があります。

④舌痛症
舌痛を訴える患者のなかで、口腔カンジダ症と並んで頻度が高いのが舌痛症です。口腔心身症のなかでは一番頻度が高く、60代を中心とした中高年の女性に圧倒的に多く認められ、舌縁や舌尖などにピリピリした痛みを感じます。特徴として安静時の表在性の痛みであり食事時やガムなどを噛んだり、何かに集中している時などには痛みは軽快します。

口腔乾燥や味覚異常、舌癌の恐怖症を伴う患者が多く認められます。舌そのものに問題はありませんが、痛みが続くと舌の安静を保とうと硬いものは摂らず軟食になり、なるべく会話しないように舌を動かさないようにして舌を機能させないことで、舌の血流は悪くなり益々痛みを感じやすい状態に陥ってしまいます。
このように口腔乾燥症、舌痛症、口腔カンジダ症、味覚障害は互いに関係しており、口腔乾燥症を中心に図4のような関係にあります。

4. 唾液の重要性
 昔から「よだれが多い赤ちゃんは元気に育つ」「唾液の多いお年寄りは丈夫で長生き」などのことわざにもあるように、唾液は単なる水ではなく身体の機能維持に重要な働きをしています。

(1)唾液の生理
 唾液は唾液腺の腺房で血液から作られ、導管から口腔に分泌されます。唾液腺には大唾液腺(耳下腺、顎下腺、舌下腺)と小唾液腺(口内粘膜の直下に広く分布)がありますが(図5)、唾液の分泌量ではそのほとんどが大唾液腺からで1日に1~1.5Lが分泌されます。

①大唾液腺
大唾液腺は周囲を筋肉で囲まれていますので咀嚼すると唾液腺が自然に刺激を受けて安静時の10倍もの唾液が出ます。加齢になると口が乾くのは加齢現象だから仕方がないと思われがちですが、実は咀嚼時の唾液分泌量は高齢者も減少しないで維持されていることが分かっています。

②小唾液腺
小唾液腺からの分泌量は無視できるほど少ないのですが、決して不要ではありません。普段、我々が食事以外で口腔乾燥を感じるのは唾液の分泌量が減っているよりも、口の粘膜(特に舌と口蓋)の表面が乾くからなのです。小唾液腺は、分泌量こそ少ないですが粘膜の表面を常に潤し湿潤状態に保つ重要な働きがあります。スポンジブラシを用いた口腔ケアは、単に口腔内の汚れを取るだけでなく、小唾液腺からの唾液分泌を促しています(図6)。
③神経支配
唾液の分泌は自律神経の支配を受けています。リラックスしている状態では副交感神経の働きが優位になり、さらさらした唾液がたくさん出ます。反対に緊張してストレス下にあると、交感神経が優位になり粘調な唾液が少量しか分泌されませんので、口腔乾燥を意識するようになります。従って日常生活でストレスをためないでくつろぐ習慣も必要になります。
(2)唾液の働き
唾液の働きは非常に重要で以下に記載するように多くのものがあり、口腔の健康維持のみならず全身の健康にも関係しています(図6)。

①潤滑作用:飲み込みやすくしたり、会話をスムーズにします。
②消化作用:消化酵素アミラーゼが、ご飯やパンなどのデンプン質を分解して糖に変えて体内に吸収しやすくします。
③自浄作用:プラークや食べかすを洗い流し口の中をきれいにします。
④抗菌作用:唾液には殺菌・抗菌作用物質が含まれており、細菌や真菌から口を守る作用があります。
⑤粘膜保護作用:唾液に含まれるムチンというねばねばしたたんぱく質が、口の粘膜を保護しています。ムチンは嚥下しやすいように食塊形成にも重要な働きをしています。
⑥中和作用:唾液には、口のなかのpHを一定にして酸を中和する作用があります。具体的には、唾液は天然の胃薬のような作用があり、胃酸を中和します。逆流性食道炎は酸性の胃の内容物が食道に逆流して粘膜に炎症を起こす病気ですが、唾液が少ない患者では胃酸を中和する作用が働きにくいため悪化しやすくなります。プラーク中の細菌も酸を産生し、歯の表面を溶かして虫歯を作りますが、唾液の中和作用がこれを防いでくれています。逆に重度の口腔乾燥が長期間持続しますと、口内の歯牙全体の根面部にう蝕が発生しやすくなります。
⑦再石灰化作用:初期むし歯の際に、唾液中のカルシウムイオンとリン酸イオンがエナメル質の結晶を新しく形成し元の状態に戻します。
⑧味覚の誘発作用:味覚は溶液の状態でないと感じませんので、唾液分泌が減少した状態では味が感じにくくなります。
⑨粘膜修復作用:唾液には、傷を治す上皮成長因子が含まれています。
➉義歯の安定作用:義歯は粘膜表面の唾液の薄い膜によって接着していますので、唾液分泌が減少すると義歯が合わなくなり咀嚼困難になることもあります。

5. おわりに
 今回は、舌の解剖生理、口腔機能と関係する病気、唾液の重要性に関して解説させていただきました。

引用改変
季刊「ろうさい」 秋号 Vol. 51  24~29ページ 労災保険情報センター発行  東京